現実政治よりも「身近な生活」を題材にする主権者教育へ

イギリスでも「主権者教育≒生徒の学校参画」を重視

海外事例

既にご紹介したように、従来の主権者教育には、以下の3つの課題がありました。

①国政や地方政治などを扱うため、生徒が「事前知識」を十分に持っていないと議論が深まらないことや授業において「政治的中立性」が求められること。

②「政治」に関心を持つことはできても「意思決定のプロセス」に参加する実感までは持ちづらいこと。

③単なる「人気投票」や「選挙ごっこ」になりがちであること。

これらの課題をどのように克服すればよいのでしょうか。

そこで、私が参考にしたのは、イギリスとドイツの事例です。

例えば、イギリスでは、学校で「政治的リテラシー」を学ばせることについて、政治学者のバーナード・クリックが次のように主張しています。

「現実ないし仮想の経験や活動に関わっており、何らかの形で学校での意思決定に参加することが欠かせない。(中略)そうした機会が皆無あるいはほとんどないか、形だけしかない学校の場合、子どもの発達段階のどこかで、われわれの政治的リテラシーの理念を明らかに否定していることになる。」 クリック(2011)『シティズンシップ教育論』p.104

クリックは、政治的リテラシーを習得することと学校生活での意思決定に関わることが分断されないよう、注意を促しているのです。

もちろん、クリックは、同時に「現在の主要な争点と思われるものの学習を取り入れなければならない」として、現実の政治的テーマを扱うことを勧めています。

しかし、日本では、18歳選挙権の実現を受けて、全国で進めようとしている主権者教育においては、現実の政治的テーマを扱うことはあっても、その学習は、必ずしも生徒にとって学校等の身近な社会での意思決定に結び付くものではありません

つまり、多くの高校生にとっては、政治とは「新聞やテレビで話題になっている時事問題」となっていて、実は身近な学校生活の中にも「政治」が存在し、その「身近な政治」の延長線上に「新聞やテレビで話題になっている時事問題」があるということに気が付くような取り組みが求められている、と私は考えています。

生徒が当事者として「政治」に参加できるプログラムを

パンコウ区①

この「学校生活等の身近な社会を題材にする」という発想は、ドイツにも具体的な事例があります。

以前ご紹介した通り、「連邦政治教育センター」の教材は、「授業における決断」に代表されるように、学校等の生徒が過ごしている日常生活における「決断」のあり方を議論させるものです。

また、「学校会議」は生徒にとって最も身近な社会である学校運営に参加させる仕組みですし、「調停者制度」は校内で起こった生徒間の問題について生徒たち自身で解決させる試みです。

すなわち、ドイツでは、実社会の社会保障や外交問題等の政治的なテーマを直接扱っていないにもかかわらず、「学校での意思決定に参画すること」が主権者教育の重要な一翼を担っているのです。

この他にも、ベルリン市内で最大の行政区であるパンコウ区では、公園等の都市開発を行う際に子どもの参画が条例で義務付けられており、子どもを公園利用者の当事者として意思決定に参加させています。

この考え方を「ステップ・バイ・ステップ・アプローチ」といいます。

小さい頃から身の周りの社会的テーマについて考えて関与する機会を与え、年齢が上昇するにつれて、より政治的なテーマについても関心を持たせる、という意味です。

このように、ドイツの主権者教育の事例においても、

①生徒にとって身近なテーマを扱うこと。
②生徒に当事者として問題解決を考え、意思決定に参加させること。
③政治的なテーマを扱っていなくても主権者教育として実施されていること。

という3つの特徴は、連邦・州・基礎自治体・学校といった様々なレベルの主権者教育でも見られることであり、ドイツにおける主権者教育の特徴だと考えられます。

以上のように、イギリスとドイツの考え方や取り組みを踏まえて、私は生徒にとって身近な「学校生活」を題材にした主権者教育プログラム「社会的意思決定学習」を考案しました。

その挑戦について、これから詳しくご紹介していきたいと思います。

参考文献

・小玉重夫(2003)『シティズンシップの教育思想』, 白澤社
・バーナード・クリック 著、関口正司 監訳(2011)『シティズンシップ教育論 政治哲学と市民』, 法政大学出版会
・小串聡彦、小林庸平、西野偉彦、特定非営利活動法人Rights(2015)「ドイツの子ども・若者参画のいま」

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