国より早く「主権者教育」を導入した神奈川県の先見性
18歳選挙権の実現に伴って、若者の政治的リテラシーや社会参画意識を育む「主権者教育」の充実が急務になっています。2015年9月には、総務省と文部科学省による高校生副教材「私たちが拓く日本の未来」も発表され、既に全国の高校に配布されています。
ところで、国に先駆けて2010年度から主権者教育を導入した自治体があることをご存知でしょうか。
それは神奈川県です。私自身、神奈川県の主権者教育に学校現場で参画した経験があります。今回は神奈川県の取り組みをご紹介します。
神奈川県では、2010年度から県内の全県立高校で、県独自のシチズンシップ教育(主権者教育)を導入しています。
神奈川県立総合教育センターによると、「よりよい社会の実現に向けて、規範意識をもち、社会や経済のしくみを理解するために必要な知識や技能を身に付け、社会人としての望ましい社会を維持、運営していく力を養うため、積極的に社会参加するための能力と態度を育成する」 というもので、政治参加教育・司法参加教育・消費者教育・道徳教育から構成されています。
この4本柱のうち、司法参加教育については、2009年度から開始された「裁判員制度」に合わせて設定されたもので、消費者教育や道徳教育を含め、類似の事例は他の自治体でも見受けられますが、注目すべき内容は、政治参加教育を掲げている点です。
その具体的な授業としては、例えば参議院議員選挙において、生徒が実際の政党マニフェストの比較検討などを行う「模擬投票」を全ての県立高校で実施することが挙げられます。模擬投票は、参議院で3年に1度改選が行われる関係で、県立高校に通う高校生が在校中に一度体験できるものです。
以前、神奈川県教育委員会に聞いたところによると、統一地方選挙や衆議院議員選挙ではない理由としては、前者は新年度冒頭の4月に実施され、また後者は解散時期の予測が難しいため、いずれも「模擬投票」を行うための生徒によるマニフェスト検討等の授業が十分に行えないと判断したそうです。
ただ、一方で、この「模擬投票」は3年に1度しか実施できないため、参議院議員選挙が実施されない年度における政治参加教育をどう扱っていけばよいのかについては、各校の現場で検討しなければならないという課題もありました。
選挙の時だけでなく「日常的に政治を学ぶ」授業モデル
その課題を克服するべく、松下政経塾生としてこの分野の研究実践に取り組んでいた私は、2011年度に神奈川県立湘南台高校(神奈川県藤沢市)の依頼を受け、「シチズンシップ教育アドバイザー」を委嘱されることになりました。
湘南台高校は、神奈川県からシチズンシップ教育の教育活動開発校(当時)に指定されており、政治参加教育のモデル授業を重点的に開発していました。私が頼まれたのは、「3年に1度」という制限が付いている模擬投票に代わる「日常的な政治参加」のための授業立案でした。
実際に、担当教員による会議にも度々出席させていただき、新たな授業プログラムの検討・実践・検証・総括に関わるという機会をいただきました。
そこで立案したのが「模擬議会(湘南台ハイスクール議会)」というプログラムです。
総合的な学習の時間を使って、国や地方、あるいは身近な地域に関わる様々な施策をテーマとして設定し、実際の県議会を模して条例案を委員会で審議し、最後に各学級で本会議を開会し採決まで行うというものです。
「模擬議会」では、あらかじめ生徒に宿題を出し、自主的に考えさせてから授業に積極的に参加してもらうような工夫を随所に配しました。
取り上げるテーマについても、当時(2011年度)としてはタイムリーなものを選び、「太陽光発電の推進」「消費税の10%増税」「ゴミ袋の県内全域有料化」の三つの議案をそれぞれの委員会(「エネルギー特別委員会」「財務委員会」「環境委員会」)で審議・採決し、最終的に「模擬本会議」で全員採決(党議拘束なし)をしてみるという、議会のプロセスをできる限り忠実に再現する形式にしました。
「模擬議会」に取り組んだ生徒からは、
「正直、内心は増税反対だったけど、違う立場の考えを調べるうち、社会保障費の問題や国の借金額など、いろいろ知った。頭の中で矛盾がありつつも、考えをまとめるのは初めてで、いい経験。20歳になったら選挙にいかなきゃなって思った」(神奈川新聞2011年10月20日付朝刊)
など、シチズンシップ教育を好意的に捉える声が多く聞かれました。
結果として、この「模擬議会」の試みによって、授業を受けた高校生の政治参加意識は概ね向上したと言える。実際に「模擬議会」の授業前後で、生徒にアンケート調査を行ったところ、
1)「政治を身近に感じているか」は、「感じる」「どちらかというと感じる」が22%から51%へ
2)「政治に関して興味や関心を持っているか」は「持っている」「どちらかというと持っている」が37%から67%へ
3)「政治に自分の意見を反映させることができると思うか」は、「思う」「どちらかというと思う」が18%から43%へ
となりました。(詳しくは神奈川県立湘南台高校HPをご参照下さい)
この結果から、「模擬議会」を通じて、もともと政治は遠いものだと思っていた高校生も、政治は自分たちの生活に身近な存在であり、主権者として関わっていく必要性を意識するようになったと言えるのではないでしょうか。
なお、「模擬議会」の授業は、私がアドバイザーを退任した後、ご一緒に授業を立案した黒崎洋介教諭(当時は大学院生)が湘南台高校の教員になったこともあり、テーマや形式を替えながら毎年実施されています。
その黒崎教諭が国の副教材の執筆者になったことで、副教材の中に「模擬議会」が反映され、主権者教育の一つのスタンダードを全国に示すこととなりました。
全国の高校で「模擬議会」がどのように工夫され取り組まれていくのか注視するとともに、現場で立案実施に携わった者の一人としてご協力していきたいと思います。
参考文献
・三堀仁 (2009)『シチズンシップ教育推進のための研究』,神奈川県立総合教育センター
・神奈川県、慶應義塾大学(2011)『自治体の政策刷新効果と地域力』,ぎょうせい
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